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出力は評価されるが、入力は評価されない

図:G. A. Nokes, The Evolution of the Steam Locomotive (1803 to 1898) (1899) より。Project Gutenberg。
yrCCS2026のウォームアップに参加した。色々考えるタネをもらってとても実りのあるセッションだった。今日はその中でLaurent Hébert-Dufresneの発表How to talk and listen and write and readで提示した興味深い視点について書きたい。
僕は論文を読まなければならないと、いつも思っている。レビューを依頼された論文は読むし、arXivのRSSからも論文を読んでいる。しかし、まだ十分な量を読んでいるとは思えない。僕が尊敬する研究者の多くは、自分の分野の内外の基礎的な研究を知っているだけでなく、急速に増え続ける文献にも追いついている。僕もそうありたいと思っている。以下は、プレゼンテーションを聴いた後の私の考えだ。
社会は出力を評価し、入力を評価しない
社会は出力を評価する。何かを作れば、その対価として報酬が得られる。これが社会の仕組みである。だから僕も含めて、多くの研究者は出力にたくさんの時間を使ってきた。
論文を書けば、それは業績としてカウントされる。論文は査読に回され、書いたこと自体がキャリアにとってプラスになる。
一方で、読むことには報酬がない。読んだ論文が何本あるかは、どこにも記録されない。その結果、読むことは時間の無駄のように感じられてしまう。
入力の効果には遅延がある
アイディアの入力と出力の関係は蒸気機関に例えられる。 蒸気機関では、薪を燃やして水を温める。水が蒸気になって、ボイラーの中に閉じ込められる。閉じ込められた蒸気は、少しずつ押し合って圧力を高めていく。圧力が一定の値を超えたときに、初めてピストンが動く。薪をくべても、すぐにピストンが動くわけではない。
私たちも、同じように考える機関である。本や論文、人の話といった材料(入力)を得る。それは頭の中で少しずつ溜まり、圧力のように高まっていく。その圧力が、ある程度を超えたときに、文章や発想として外に出る。読むだけでは出力は生まれず、考えて書く・話すという仕組みを通して初めて、溜まったものが外に出る。
蒸気機関と違うのは、時間を出力に振り分ければ、出力の量(論文数など)は増えることである。これはたちが悪い。なぜなら、出力している本人は成果物への報酬が短期的に入ってくるが、似たアイディアを出力し続ければ長期的に報酬が先細ってくる。もしあなたのアイディアの中身が似通っているのであれば、それは危険信号である。
習慣化
論文を読むことや、人のアイデアや話を興味を持って聞くことが大事ではあるものの、先ほど述べた入出力への報酬の非対称性と応答の遅延によって入力し続けることは簡単ではない。
この問題に、一人の研究者が個人的な工夫で向き合っている。分子生物学者の Olivia Rissland は、2018年1月1日から毎日論文を1本読み始めた。最初は「ちょっとした遊び」だったが、一か月もすると習慣になっていたという。2020年6月までに、899日連続で読み続けていた。読んだ論文は、研究室の Slack の専用チャンネルで共有し、Google スプレッドシートに1行ずつ記録している。彼女は、論文を読む時間を確保することを、メールへの返信より研究室の成果に重要だと考えている。(出典:Nature Index, 2020年9月8日)
この記事やLaurentの話を踏まえて、僕の傾向を踏まえて何ができるかを以下に書いていく。
入力のコストをどう下げるか
入力には時間がかかる。そこで、入力のコストを下げる工夫が必要になる。最近は、大規模言語モデル(ChatGPTのような、大量の文章から学習したAI)やエージェント型のAI(自分で作業の手順を組み立てて実行するAI)が使えるようになった。文章を素早く理解する仕組みも増えている。これらを使えば、入力のコストは下げられるはずである。
二つの読み方
これは多くの人がしていることだが、ここではあえて明示しておく。
論文の読み方には、広く読むモードと深く読むモードの二つがある。
広く読むモードは、毎日流れてくる論文を、広く浅く把握するモードである。タイトルやアブストラクトを読み、興味があるものを選ぶ。
大規模言語モデルを使えば、探す範囲を広げつつ、コストを下げられる。学生の一人が出したアイデアは、論文をポッドキャストにして、運転中に聞くというものだ。僕は、こうした新しい方法で、論文の要点を素早くつかむことを試してみたい。
深く読むモードは、論文を最後まで丁寧に読むモードである。僕は、読むと決めたときには、論文を最初から最後まで丁寧に読むのが好きだ。ただ、時間を作ろうとしても、なかなか読む時間は取れない。だから、Olivia Rissland さんがしていたように、読む時間を毎週あらかじめ決めて、定期的に守ることがよいと考えている。彼女がこの習慣を続けている方法(例:アカウンタビリティ、読む時間を取り分けておくこと)は、とても参考になる。
人の話を聞く
入力は論文だけではない。人と話したり、発表を聞いたりすることからも、新しい着想は生まれる。
最近はオンラインでの発表や会話が増えた。情報量だけを見れば、対面とオンラインに大きな差はないかもしれない。それでも僕は、対面で発表を聞くほうが、内容が体に入ってくると感じる。記憶にも残りやすく、話を聞いている最中に、いろいろなアイデアが浮かぶ。
僕は以前、発表を聞きながらパソコンでメールを確認することがあった。自分の興味がない話ならそれでもいい。けれども、もう少しフィルターを緩めて、人の話を聞いたほうがいいと感じている。無駄になることもあるが、新しいアイデアの種になることもあるからである。
ただ、聞いているだけでは頭に残りにくいので、僕はノートを取る。気になったところを書き留めると、集中が続くし、書く過程で、さらに考えが広がっていく。対面で話を聞き、ノートを取る。これを今後の習慣にしようと考えている。
まとめ
出力と入力は、評価の面では非対称である。出力は報酬を得て、入力は報酬を得ない。また入力が出力に変換されるまで遅延があるため、入力の効果を感じにくい。 さらに出力に時間を傾ければなんらかの成果物が生まれ、短期的に報酬を得ることができる。 しかし、出力は入力に支えられている。入力が減れば、出力もいずれ細くなる。
もちろん、入力にすべての時間を使えばいいわけではない。ある程度は出力も続ける必要がある。だから大事なのは、その制約の中で入力のコストをどう下げて習慣化するかである。
蒸気列車が薪と水を入力として受け取り、それをいろいろな仕組みを使って動力に変換し、車輪を回すように、私たちは考える機関であり、入力(他者の成果物)を受け取り、変換し、新しい成果物をつくっていく。そんなイメージで、入力に対して長い目で投資していきたいと思う。